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「東洋のベニス」と言わせた大阪・堺の街

芥子餅・肉桂餅 特集

安土桃山時代、茶の湯を大成させた、あの千利休も堺の商人であった。

いにしえの堺の町は南蛮貿易が栄え、海外からの珍しい産物がここを通っていた。
中国・ルソンなどの南方の諸国から、香料として重宝されることとなるシナモンがもたらされ、けしの実は室町時代、インドからもたらされたと言われるている。けしの実は、江戸時代初期より、大阪、堺、和歌山周辺で盛んに栽培されるようになった。

元禄期にはまだまだ珍しかったシナモンは、なかなか一般的には浸透せず、貿易商を営んでいた八百屋宗源が餅生地に練り込んだのが始まりだとか。そこから戦火を経てなお、言い伝えられてきた伝承の餅菓子が八百源來弘堂の肉桂餅である。肉桂を混ぜ合わせて、とろりと柔らかく仕上げた求肥餅に、小豆のこしあんを包んだもの。
シナモンと言えば、洋菓子の素材のイメージだが、肉桂(にっき)と言えば、和菓子の素材。
八ツ橋の味と言えば、ピンとくる方も多いかと。

また安土桃山時代に、千利休によって広められた茶の湯の習慣は、堺の地で多くの和菓子を生み出し、そのひとつにけしの香味を生かして考案されたのが、けし餅である。小豆のこしあんを餅皮で包んだものにまぶし出来上がったもの。柔らかい餅生地にこしあんが混ざり合う中で、たくさんのケシ粒たちがアクセントとなって、口の中であちこちで弾ける芥子餅。けしの香りと共に、プチプチと当たる食感が魅力的である。

貿易港として繁栄を極めた港町、堺ならではの和菓子店をご紹介。

 

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